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【子供嫌いの子育て】出産して後悔や育児ストレスは?母になり苦手な意識の変化は

子どもが苦手だけど、ちゃんとお母さんやっていけるかな…

子どもの相手も出来ないし、接し方も分からない。子どもを産んで後悔しないかな、育児ストレスどうなんだろう…

 

そうお悩みの奥さん、ようこそ。

 

何を隠そうわたくしこはくは、生粋の子ども嫌い。

 

静寂を好む私にとって、子どもの金切り声は最も苦手とするもの。

子供ってうるさいし、汚すし、めんどくさいし、遊んでても謎ルールを押し付けてくるし、かと思えばめっちゃ大人の矛盾を指摘して来たりするでしょ????

思うようにいかないと泣くし…

 

うわぁ~!可愛い~!子ども大好き!

…っていうタイプではないんですよ。

だから甥や姪の面倒も見たことがないし、とにかく予測不能な行動をする子どもという存在を避けて生きて来ました。

 

でも、縁あって母になりました。

 

そして、まぁまぁうまく母やってると思う。

「子どもが苦手だからちゃんと愛情を注いであげられるかわからない」とお悩みの奥さんにまず最初にお伝えします。

「他人の子どもが可愛くない」と「自分の子どもが可愛くない」は全くの別物。

だから大丈夫、安心して。

 

これから私自身が出産前にどう考えていたか、どう不安だったか、そして産後どう変わっていったかをお話ししますので、奥さんのヒントになれば幸いです。

 

【自論】子どもが好きか苦手かは、育児ストレスとはあまり関係がない

これはあくまでも自論なんですけど、子ども好きだからと言っていいお母さんになれるとも限らず、逆に子どもが苦手だからと言って良いお母さんにはなれないとも限らないんですよ。

 

…なんて偉そうに語ってますけども、私も子育ての正解はわからないですよ?

 

例えば私の場合、子どもが苦手だから逆に過度な期待もしていません。

だから加点採点が出来るという強みがあるのではないかと思っています。

 

子育てにおいて、今まで思い描いていた理想のようなものや、目標などが一切ない状態。

これは子育てにおいて強みですよ!!

 

人って理想を追うあまり本末転倒になったり、何かと比べるから苦しくなったりするでしょう?

子どもが苦手な人の子育てって、案外それがないんですよ。

 

子ども嫌いの私が妊娠を知った時の事をお話ししましょう

私が妊娠した時、もちろん喜びはありましたがそれと同じぐらい不安がありました。

どういう不安かって、次の通り。

 

  • 自分がまともな母親になれる自信がなかった。
  • 命を守る自信がなかった。
  • 自分が醜くなるのではないかと不安だった。

 

こんな感じ。

たまごが先かひよこが先か的キラキラ系雑誌に書かれているような感じは一切ありませんでしたね。

 

元汚部屋住人だった私がまともに子育て出来るの?!

妊娠した頃はとうに汚部屋を脱出していましたけど、私は汚部屋の住人だった過去がありますので、正直まともな母親になれるのか…

それどころか、人として最低限の事すらクリアできるのか不安でたまらなかったんです。

 

せっかく抜け出せたのに、育児ストレスやらなにやらで、再びあの世界に舞い戻ってしまうのではないか、少し気を抜けばあちらの世界の扉を開けてしまいそうで怖かったのを今でも覚えています。

赤ちゃんのうちはまだしも、子どもが散らすようになったら私はどうするのだろう?

いやその前に、離乳食などでバタバタし出したら、キッチンの片付けや掃除もままならないかも。

 

でも汚部屋住人だった私は、あの環境が子どもにとって良くない環境だという事も充分にわかっていました。

 

それだけではありません。

若い頃は遊びほうけていたため教養もなく、これと言って特技もない私が、子どもに最低限のマナーや教養、モラル等をきちんと教えてあげられるかどうかも不安でした。

育ちはお金で買えないと言いますよね。

まさにその状況になってしまうのではないかと不安で仕方がなかったのです。

 

この良くわからぬ存在の命をどう守れと…?!

私の場合、心拍確認前からトラブル続きでした。

高齢出産だからというのもあったんですけど、初っ端から「寝てろ!」「安静に!」「横になれ!」「動くな!」ですからね。

 

自分がもしも間違った行動を取れば、この腹の中の命が危ぶまれる。

24時間気が抜ける時がなく、もう一体どうしたらこの命を守る事が出来るのか…

 

最終的には切迫で緊急入院になってしまうし、もう本当に命を守るというプレッシャーが半端なくのしかかる日々でした。

 

自分が醜くなるのではないかと不安だった、あの頃の私

妊娠初期はまだ良かったんです。
でも段々と自分が変わっていくのがわかりました。

体型が変化するのはわかっていた事ですが、歯が脆くなり、肌はシミが濃く浮き出て、常に体調が悪いために自分の手入れもままならず、自宅安静のため美容室にも行けず髪の毛は汚らしい状態。

 

今まで自分の人間性を高める事をいっさい怠って、外見ばかりを取り繕って生きて来た私にとって、この変化はボディーブローのように地味に効きましたね。

 

鏡を見るのも嫌になって、写真に写る事も嫌になりました。

自分に対する自信はどんどんなくなっていって「私に残されたものはもう何もない…」とか思っちゃったこともありました。

 

いや、今考えれば「いやいやいやたいした容姿でもないのに何言ってんだよw」って笑っちゃうんですけどね。

 

子ども嫌いの私が出産をし、母になったらこう変わった

さて、そんな私が出産をし我が子と対面すると、次のような変化がありました。

 

  • いつもどこかにあった孤独感から解放された。
  • 今まで固執してきた自分を取り繕うさまざまなものに興味がなくなった。

 

いやいやいや、「いつもどこかにあった孤独感」とかw

ちょっとごめんなさい、自分で書いてて恥ずかしいんですけどもw

 

でもそうとしか言えないのでこのまま続けさせていただきますね。

 

子どもが産まれたらいつの間にかなくなった「孤独感」

私は19歳で上京して、殆ど親に頼ることなく生きてきました。

妹2人が親の近くにいましたので、私の付け入る隙がないように感じていて、甘えたり弱音を吐きたい時も「人生順風満帆な自分」を演じてしまう謎のスイッチが入ってしまうのです。

 

そのためか、私には常に孤独感のようなものがありました。

誰の前でも何かを装わないといけない感じというか、頑張ってないといけない感じというか。

 

最初の結婚に失敗してダメージを受け、本格的な汚部屋住人になってからは更に『このまま孤独死する人生なんだな』というあきらめの境地に達していましたが…

子どもを産んで、この孤独感は消え去ってしまいました。

 

子どもはいずれ私の手を離れますよね。

でも手を離れるまでは、私という存在を絶対的に必要としているわけですよ。

多分世の中で唯一、私が私のままで受け入れてくれるのは我が子だけなんじゃないかなぁ?

(だからこそ、いずれ親から手を離さなくてはならないんですよね。)

 

あぁ必要とされるってこんなにも自分の存在を肯定する理由になるんだ、そう思いました。

 

何かもう、自分の今までの悩みとか考えが全部薄っぺらく感じましたよね。

何も知らない、楽しい事だけをしてきた私が「孤独だわ…」なんて悟った所で薄っぺらい。

 

赤ちゃんの頃から入園までの日々、あの頃の、子どもと密着した毎日の事は今でもかけがえのない経験です。

 

自分を取り繕うためのものに興味がなくなったのは満たされたから?

今まで固執していた美しさだったりステイタスのようなものは、子どもの前では霞んでしまって何の魅力も感じなくなりました。

 

私に無邪気に笑いかけて、心のままに泣く子ども。

それは私がとっくの昔に無くしてしまった純真さそのもの。だからこそ、それがかけがえのない宝物のように感じるんですよね。

 

『この心を少しでも長く、少しでも汚さないように大切にしたい』、そう思うと、何を手離しても苦ではなくなりました。

と同時に、子どもにとって必要な物を集めたくなりました。

 

それは例えば「陽当たりの良い部屋」だったり「草木や虫や鳥を感じられる住まい」であったり「美味しいねと笑いあえる食卓」であったり、「心の底から安心して眠れる場所」であったり。

綺麗な絵本や肌触りの良い衣類などもそうかな。

 

こういう物を集めていると、ステイタスや外見だけで集めた物が余計に陳腐に感じて、容易に手離すことが出来たんですよね。

今まではいつまでもずっと使いもしないものをため込んでいたというのに。

 

埃をかぶったハイヒール、出番がなく古びてゆくバッグ、それらは丸で私そのものだと気付いたんです。

 

子ども嫌いの原因は「完璧な母親像」かも?

私が子どもを苦手だと思っていた理由の1つに、完璧な母親像にとらわれ過ぎていたという点があります。

もともと完璧主義な気質がありつつ、負け戦は絶対にしないという性格が「こんな立派な母親になれない=子どもが苦手」という方程式を作り出していたんですよね。

 

  • 3食栄養バランスよく彩りよく、おやつも手作り。
  • 子どもの話に耳を傾け、共に考える。
  • 子どもが興味を持ったら一緒に楽しむ。
  • 遊びに一生懸命付き合う。
  • いつも太陽のようにいつも笑顔で。
  • 褒めて讃えて。
  • 子どもを導くように手本となり。

 

こんなお母さん像が私の中にありました。

当時の私は、とてもじゃないけどこんな風になれそうもない、こんなの無理無理!私にはとてもじゃないけどお母さんになんてなれないし、こんな事を求めてくる子どもなんてめんどくさいし全く可愛くない!

 

…そう思っていたのです。

『お母さんになる事は私には向かない』

そう決めて、子どもを嫌う事で自分の心を平常に保っていた事に気付きました。

 

子どもが苦手!だからこそ出来る子どもとの付き合い方

実際に子育てをしていて、子どもが苦手でも何とかなるもんだなぁ…というのが正直な感想です。

奥さん、あなたが子どもが苦手だろうが何だろうが赤子はそんな事お構いなくあなたを必要とします。

 

だから良い意味で開き直って子育てしませんか?

 

子どもの遊びに全力で付き合わなくても何とかなります

私は子どもが男の子なので特にそう感じるのですが、息子と好みが一致しないんですよね。

 

私は身体を動かす事も嫌いだし、トミカやプラレールにも興味がありません。

赤ちゃんの頃は知育玩具で一緒に遊んだりもしましたが、息子が6歳の今は、息子の好きな遊びに無理して付き合う事はしていません。

 

「お母さんが一緒に遊んであげないとダメ!」

とか言う育児評論家もいますけど、そういう人はだいたいオッサンなので気にしない。

 

無理をして付き合ってストレスになって結果的に笑顔が減るようなら、無理して付き合わない方がよっぽどいいです。

それに無理して付き合って上の空なら付き合わない方がましじゃない???

 

私はスポーツやプラレールは好きではありませんけど、図鑑を見るのは好きなので、そういう時は一緒に楽しんでいますしね。

あとは、地球儀を見たり、最近は星空や宇宙への興味が尽きない私と息子です。

 

夏休みの過ごし方でも大々的にお話ししましたが、私は子どもとの接し方に自信がないので、家庭学習教材のお試し教材などを取り寄せてヒントにしています。

一緒に取り組むと楽しいし、子どもとの過ごし方の参考になりますよ。

 

子どもは色んな角度から学ぶんですよね。

「例えママと言えども別の1人の人間で、自分と違う好みがある」という事を学んでもらえたらそれでいいのでは。

 

子どもが苦手だからこそ、子どもと適度な距離感を保てます、安心して

子育てに正解はない、これが大前提として、子育ての着地点って「子どもが親元を離れ社会で生きていく事が出来るようにすること」だと私は思っています。

 

そのために、人との適切な付き合い方を学んでもらい、社会に出ても行き抜いていけるような力を身に着けてもらい、丈夫な身体を育て、健全な精神を養う。

 

そのために大切な事って、子どもとの適切な距離感なんじゃないか、と思うんですよね。

でも子ども嫌いの私でさえ、「もっと子どもから離れなくては」と感じる事の方が多いです。心身問わず。

もちろん無関心は論外ですけど、子どもにべったり過ぎて過干渉になってしまうより、子どもとどう接したら良いか分からず適度に距離を保っている方が、何かと良い気がしますね。

 

子ども嫌いだからこそ、我が子と対等でいられるんです

私は母親としてそれほど自信がないので、基本的には息子と相談をしながら決める事が多いです。

子どもに注意したり叱ったりする時、自分自身にその資格があるのかを問う事も多く、「私が叱れる立場じゃないな」と思えば、息子と一緒に改善していこうと思う事が出来ます。

 

息子が、私達が親だから無条件で言う事を聞くのではなく、自分で考えて判断をし、自分の考えを言える家庭にしたいというのが私の想い。

そのためには親子対等でいたいなって思っています。

 

【子供嫌いの子育て】出産して後悔や育児ストレスは?母になり苦手な意識の変化は、さいごに

私がもし、もともと子ども好きで、楽しい遊びを沢山してあげられるお母さんだったら、今息子はどんな感じで育っていただろう…

 

なんて思わなくもないですが、それは考えても仕方のないこと。

普通のお母さんに比べると、私が息子にしてあげられる事は少ないかもしれません。

 

でも私だからこそできている事が、何か1つぐらいはあるはず。

そしてそれに気付くのは私ではなく、将来、父親になった息子です。

 

子ども好きか子ども嫌いか、こんな事は母親の資格でもなんでもないんですよ。

そんなものは、メディアが創り上げた幻想。

 

育児の正解が何なのかはわかりませんし、子ども嫌いの自分が母親になっている事に戸惑う事もありますが、それでも目の前の子どもの笑顔が今の答えだと信じて、お母さん業に励んでいます。

 

結論:私が母やってるんだからみんな大丈夫

 

あなたもきっと大丈夫。

この記事がヒントになりますように願っています。

 

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