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猫の看取り体験談 最期の瞬間までの経過と、経験者からのアドバイス

慢性腎不全の先代猫を、18歳になる直前で看取りました。慢性腎不全の猫は最期は苦しむとよく言われます。そして亡くなる前に猫は身を隠すとも。果たして本当でしょうか。私の看取りの経験と、先代猫の最期の瞬間までをまとめます。

猫の慢性腎不全の最期は苦しむ、壮絶な最期だと言われることが多いです。でも私が経験した看取りは、1つ、また1つとできることが少なくなっていく、穏やかな死でした。

 私が先代猫を看取る前、その瞬間がいつ来るのだろう、それまでに少しでも多く抱きしめておきたい、少しでも多く見ていたい、少しでも愛情を伝えておきたいと考えていました。

その瞬間がいつ訪れるのか全く予想もつかず、常に緊張して過ごしていました。

そして、「慢性腎不全の猫の最期は苦しむ」という噂を聞いていた私は、どれほどまでに苦しんで最期を迎えるのか、現実をしっかりと受け入れられるのか不安で仕方がなかったのを覚えています。

そこで実際に慢性腎不全の17歳の猫を看取った私の体験が、これから猫ちゃんの最期を迎えるどなたかの参考になればと、最期までの時をまとめます。

猫ちゃんそれぞれ、お別れの形があるとは思いますが、1つの例としてお読みいただけますと幸いです。

猫が亡くなるまでの事を詳しく書いています。辛くなる可能性がある方は読み進めないようにして下さい。

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猫の看取りまでの経過

私が猫を看取ったのは、2009年のこと。

2007年、猫が14歳ごろに巨大結腸症になり(当時は巨大結腸症だと知りませんでした)、そこから少しずつ腎臓の数値も悪化していき、予防的な治療をしながらも急激に悪化したのが、亡くなる3ヶ月ほど前だったと記憶しています。

当時のブログにこんな風にメモしていました。

ねだるのに、食欲がない(時々リーナルをあげるが、割と喜んで飲む)

何となく足元がおぼつかない

手からだと食べていたご飯も、イヤイヤするけど、少し食べる

強制給餌で激しく抵抗

何てことはなくパタンと倒れる

いよいよ自分で食べなくなる

目に見えて後ろ足がふらついて、ベッドに登れなくなる

ゴロゴロ言わなくなる

ちょっとした段差も、登れなくなる

お風呂場やトイレなど、寒いところに行きたがるようになる

オシャベリしなくなる

玄関までのお迎えがなくなる

お水を飲むのも辛そうになる

時々、目がいっちゃう

トイレも行かなくなり寝たきりに

亡くなる数ヶ月前|自宅で皮下輸液を

当時はまだ珍しいことだったと思うんですが、腎臓の数値が悪化して、動物病院での皮下輸液が1日おきぐらいのペースになったころ、自宅で皮下輸液をさせてもらうようになりました。

自宅での皮下輸液が可能かどうかは獣医師の判断によります。かかりつけ医としっかり相談をして下さいね。

今思えば…

皮下輸液をするのに猫が嫌がる事を、当時は「暴れないで!」なんて思っていましたけど、それってまだ元気がある状態なんですよね。

本当に体調が悪くなってくると、皮下輸液をすると体調が良くなることを学んで、暴れたりしなくなるし、もっと末期になるとそもそも暴れる元気もなくなりますから。

自宅で日常的に皮下輸液を行い、定期的に動物病院で尿の排泄が出来ているかなどを見てもらっていました。

亡くなる数ヶ月ほど前|強制給餌開始

強制給餌を開始する前からリーナルケアという、現在はもう売られていない液体の栄養食を試しにあげたりしていました。

少しずつ大好きなウェットフードを食べなくなってきたので、強制給餌をする事に。

この頃はまだ自分でもご飯を食べようとはしていて、ご飯を食べようとするけど食べられない、そんな感じだったんです。

強制給餌に関しては賛否ありますが、当時は栄養価の高いものをとり体力をつけてほしいという気持ちがありました。

この強制給餌を本当に嫌がって、正直、今は心のささくれになっています…

亡くなる10日ほど前|突然後ろ足が砕けたようにバタンと倒れる

血液検査での数値はよくなく、輸液もしていて、輸液の感覚が開くと吐いてしまう事もあったけど、見た目にはまだそれほどやせ細ってもいず、元気もありました(あるように見えました)。

数値的には腎不全だし、昔より吐く事は多くなったけど、でも「少し歳を取ったかな」という感じだったんです。

でも、ある日突然、なんの前触れもなく、元気な状態から後ろ足が砕けたようにバタッと倒れたんです。

 「えっ?!」とびっくりしたのもつかの間、少ししてまた立ち上がり普通に歩きだしました。

本当に何の兆候もなく倒れたので、本当にびっくりしたのを覚えています。

と同時に、また普通に歩き出してくれてちょっとホッとしました。

今思えば、猫は元気がない姿を見せないと言いますので、そうだったのだと思います。弱っている姿を周囲に察せられるようでは狩られるという本能レベルの自己防衛が働いているのかも知れません。

亡くなる1週間ほど前|一切、自分で食事を摂らなくなる

 バタンと倒れてから1週間経った頃から、一切自分で食事を摂らなくなりました

猫が好きだった缶やパウチを色々用意し、いつもよりいいご飯を買ったりもしましたが、食べてくれなくなったんです。

 私は、先代猫が自分からお水を飲み、(食べれるかどうかは別にして)食事を取ろうとする間は、高カロリー流動食を強制給餌しようと決め、シリンジやスポイトで、高栄養食のリーナルケアやキドナを与えていました。

でもいよいよ自分から食べなくなりました。

食べなくなってからは本当に早かったように記憶しています。

ゴロゴロも言わなくなりました。

亡くなる5日ほど前|歩くのもおぼつかずフラフラに

強制給餌をしても、必要なカロリーのすべてを補えるわけでもなく、とうとう亡くなる5日前から歩くのもおぼつかない状況になりました。

身体はやせ細り…鳴く事もなくなりました。

寝床に横たわり、水を飲む時だけ、餌場によろよろと移動します。

水を飲みたくても今までのように飲めないようでした。
水を飲んでいる間にフラっと倒れてしまうこともありました。

当時は全く感じなかったのですが、この時の動画を見返すと、猫はやせ細って毛並みに艶がなく、少し毛羽立っているような状態です。見るからに、体調が悪いとわかります…

亡くなる数日前|何度も何度も寒い風呂場に行く

水を飲むのに時々ふらふら〜っと起き上がりはするものの、それ以外は寝ていることが多かった猫ですが、ある日、気付くと猫の姿が寝床にありません。

びっくりして家じゅうを探しました。

歩くのもおぼつかない状態なのに、一体どこへいったのだろう…?

思い当たる場所を探しても姿が見えず、『まさかいるわけがないけど念のため』と思って最後に確認をした浴室に、猫の姿がありました。

11月の冷たい浴室の床で寝ていたのです。

先代猫は日ごろから浴室が好きだったとか、浴室で時々寝ていたとか、そういう事は全くありませんでした。

なのに、温かい寝床に何度連れ帰っても、フラフラの足取りで浴室に戻って行ってしまうのです。

最初、私はなぜそんな行動をするのかわからず困惑しましたが、少なくとも「死に際に姿を隠す」というのはあまり信じていなかったんですよね。

姿を隠す理由は諸説ありますが、基本的には治すために休める場所を探した結果、そのまま亡くなり、姿を隠したような状況になっている、という説が個人的に一番腑に落ちる説です。少なくとも、飼い主を悲しませないために姿を隠す、とは思っていないです。

後日の先生との話等から、低体温によるものではないかと思い至りました。

熱が出ると寒く感じるのと逆、体温が低いから暖かい部屋が暑く感じるのではないかと思ったんです。

亡くなる2日ほど前|水も飲まなくなる

猫は自宅で皮下輸液をしていましたが、定期的に掛かりつけの動物病院で「低体温になっていないか、尿が排泄されているか、点滴量は適切か」などを見てもらっていたため、久し振りに病院へ。

この日は、病院で「これからは、自宅でのんびりと過ごしてください」と言われた日です。

お世話になった先生方が、代わる代わる挨拶に来てくれて、猫を労ってくれました。

当時の私は、「まだ生きているのに…」という気持ちもあったし、けれど、本当にお世話になった先生方がこうして猫に代わる代わる声をかけてくださっているということは、きっともう、猫が生きた状態でココに来ることはないということなんだろうと思いました。

この頃になると、フラフラした身体を倒れそうになりながら(私が支えて)水を飲みに行くけど飲めず、フラフラと寝床に帰っていきます。

目は開いているけど、何もできない状態です。

亡くなる前日|寝たきりになる

お水を飲まなくなって、トイレにも行かなくなり、猫は寝たきりになりました。

目は開いているけど、でも何もできずに横たわっているだけです。

1つ1つ、できることが減って行きました。

猫の最期の時

水も飲まなくなり寝たきりになった翌日。

その日私は、日中、先代猫と昼寝をしました。

暖かな日で、窓を開けて穏やかな風を感じながらゴロゴロ過ごしていたんです。

鳥の羽の音に、少し首を動かした先代猫。

腕枕をして、とっても穏やかな時間を過ごしました。

このまま一緒にいたい想いでしたが、治療費を稼がなくてはなりません。当時お付き合いしていた人(優しいしか取り柄がないぐらい優しく、猫も懐いていました)に先代猫を任せ、仕事に出掛けました。

仕事中、メールがない事を祈るばかり。仕事を終えて急いで帰宅しました。

帰宅すると先代猫は布団から顔だけ出している状態でした。

帰宅早々、彼が心配そうに「目が、いつもと違う」と言ったのです。

私はすぐにピンときて、もしかして瞳孔が開いている?!と慌てて猫に近寄りました。

息はしていて心臓も動いています。でも瞳孔は開いたまま。

 あぁ、いよいよなんだな…と思いました。

 先代猫は時々、吐きたそうにえずきます。
でも出すものが何もない。

猫は割と吐きやすい動物ですが、健康な時の吐き方と違い、舌が力なく全て出てしまうような感じでした。

えずきはずっと継続してはいず、少しすると落ち着きました。

私は先代猫の隣にいたのですが、私が少し動いたり、小さな物音…それこそコップを置く音などがするだけで、フーッ!!と威嚇すしのです。

そして4時20分頃。

しばらくえずく事がなかった先代猫が、再び小さくえずきました。

今までとは違い、手を突っ張っていました。

あぁ、いよいよこの時が来たのだ、私はそう感じました。

舌を出して少しだけ嘔吐した先代猫は少し鳴き、身体から全ての力が抜けました。この間ほんの10秒程度だったと思います。

そして愛猫は、息を引き取ったのです。

 先代猫の最期は、私が思うよりも穏やかな物でした。

腎不全で亡くなる猫は、非常に苦しむとか悶絶して亡くなるという噂がありましたが、表情は眠っているようでした。

 
本当に眠っているようで…

私は悲しさよりも『もうこれで、苦しい思いはしなくて済むね』と思ったのです。

約17年、一緒に過ごした先代猫と、こうして、お別れしました。

さいごに

私にとって慢性腎不全の猫の最期は、想像していた最期と違いました。

1つそしてまた1つできる事が減って行き、それはまるで生まれてから成長するまでと全く逆をなぞるような、静かな命の終わりだったと思います。

 世の中、過激な出来事の方が取りざたされるので、もしかしたらここを読んでいるあなたも、慢性腎不全で亡くなる猫は苦しんで息を引き取る、というような話に心傷めていたのではありませんか?

確かに、苦しんで亡くなる猫ちゃんもいるでしょう。

でも私が看取った猫のように、比較的穏やかな最後もあります。

この記事が、あなたと、大切な猫ちゃんのかけがえのない時間のお役に立ちますように。

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